2019.03 UPDATE

20代、全て逆境。
借金500万円から再起した代表が思う
「バトンを繋ぐ」ということ。


プロフィール

丹野直人(たんの・なおと)

1980年生まれ、千葉県出身。ネクステージグループ代表。21歳でバー経営を始め、2019年現在、8事業の異業種多角化経営を展開している。人生のミッションは『ヒトは「どんな境遇でも何にでもなれる」を起業家輩出で証明する』

2006年。マンションの一室からスタートしたネクステージグループ。総員100名を超えた今。代表取締役丹野の半生とともに、創業に込められた思いを丹野自身が語ります。

毎日適当に生きていた学生時代

振り返っても、何をやったか思い出せないくらい。

学生時代。僕は目的や目標も持たずに、ただ過ぎ去っていくだけの毎日を過ごしていました。高校を卒業し、東京の歯科技工士の専門学校に通い始めてもその生活は変わらず、毎日適当に生きていました。

「自分は一体何が合うんだろう。このままじゃいけない」そんな感覚だけがずっと胸につかえていたことを覚えています。

専門学校を経て歯科技工所に就職したのも「一度は東京に出てみたい」という軽い気持ちで。他にこれといった理由もありませんでした。結局、たった3ヶ月で辞めてしまい、足早に転職の機会が訪れます。

この先、やりたいこともない。だから、学生時代に働いていたバーに出戻り、なぜか俳優の養成所に通っていました。次の目標が見つからなかったのだと思います。

そんな中、バーの常連だったお客さんから、「自分のバーをやらない?」と誘いを受け、21歳の時に新宿でバー「WONDER」を開くことになりました。片桐(現:専務取締役)と出会ったのも、このバーがきっかけです。

15年の時を経てバー「WONDER」は
ネクステージ社内に再オープン。

夜逃げ。連帯保証人。借金500万円。自殺未遂

そこから、僕の人生は大きく変わっていきます。

繁華街の雑居ビル7階にオープンしたバーには、とにかくお客さんが入りません。それでも試行錯誤し、ようやく形になってきた矢先にオーナーが夜逃げしてしまいます。

オープンから1年足らずで僕に残されたのは、連帯保証人として返済を求められた500万円の借金。頭の中が真っ白になりました。しかも悪いことは続くもので、同時期に親が事業で失敗をし自己破産。両親は離婚し、自宅が競売にかけられました。

怒涛のように押し寄せる負の連鎖に耐えられず、お恥ずかしい話、自殺未遂もしてしまいました。

そんな中、多くの友人知人が手を差し伸べ、僕にもう1度チャンスをくれました。20代前半。みなお金も限られている中で、僕のために引越し資金をかき集めてくれたのです。

「このまま倒れてたまるか」

再起する決意とともに再度上京し、37,000円のボロアパートを借りて再スタートを切りました。そこから約2年間、昼夜も問わずとにかく働き続けました。バイトは多い時で3つくらい掛け持ちをして、1日18時間は働きました。

その甲斐もあって、24歳の頃には500万円あった借金は全額完済しています。

再起の就活も、書類選考が通らない

借金を返し終わった僕は、肩の憑き物が落ちた気持ちでいました。

しかし、待っていたのは厳しい現実でした。再就職を考え何十社と履歴書を送ったものの、学歴や職歴の問題からか、書類選考さえ通りません。

ぶつけ様の無い悔しさと喪失感でいっぱいでした。

面接すらたどり着けない現実に、自分の存在が否定されているような、社会から拒絶されてしまっているような感覚を覚えました。

やる気はある。とにかくチャンスが欲しい。

借金があった2年間は「借金を返せばバラ色の未来が開ける」という希望があって頑張れていました。だから、その分ショックは大きく、これから何をしていいかも分からなくなってしまったのです。

「なんで僕だけそうなるんだろう」精神的にもこたえ、次第に生きる目的や気力も失っていきました。

そんな時、たまたま道端で昔のお客さんに出会い、身の上話をしていたところで、考えが変わります。

「きっと丹野くんのように失敗したり、つまづいた人はいっぱいいるよ。だったら、君がチャレンジできる会社を作ればいいじゃない?」

選択肢がなかったところに、新たな光が見えた瞬間でした。

「学歴や職歴など、これまで何をしてきたかではなく、これからの意思を大切にする会社をつくろう」

そこからは、心が晴れたような感覚になり、会社を立ち上げるための準備を始めました。日中は仕事をして、夜は中小企業診断士の勉強など、会社経営にまつわることをとにかく学び続けました。

会社はお金儲けのためにある?

立ち上げから3年間は、とにかく見よう見まねで様々な事業に取り組みました。事業再生の営業、メディア運営にサイト制作もやりましたね。自社のサービスを作って広告を出すとい った、今では当たり前のように取り組んでいることですら、初めてのことばかりでした。赤字期間が長く続いたこともあり、どうにか儲けよう、儲けようと必死で事業をやりました。やがてようやく売上が伸び始めてきた頃、僕は「何のために会社をやっているのか」という目的を完全に見失っていました。

立ち上げた当初は、学歴や年齢も全く関係のないような、誰にも機会を与えられるような会社になりたいと思っていて。

でも、いざやり始めると、食い扶持が見つからない。事業を探っていく中で、この思いが少しずつ遠のいていき「会社はお金儲けをするためにある」と自身の心にもズレが生じてきてしまっていたんです。

長らく、こうした心の違和感の理由がわからないままでいました。

信頼できる仲間たちと仕事がしたい

そんなある日。
3日間の研修で、創業時の想いに立ち返る機会がありました。

「何のために会社をやっているのか?」
「あなたにとって何が大事なのか?」

こうした問いかけを受けて、体中に電撃が走るような衝撃がありました。これまで、考えていなかったわけではない。でも、自分自身の核となる軸が浮き彫りになったような感覚でした。

僕がやりたいことは何か。

それは、信頼できる仲間たちと、自分が過去味わった喪失感や挫折感を持った人たちにも、希望を創れる会社を創りたい。そのために会社をやっている。そんな気持ちを、もう一度思い出すことができました。

この研修を経て、会社を変える決断をしました。

当時いた社員のメンバーに「本当に信頼できる仲間たちとチャレンジできるような会社を創りたい。だから、そうした想いでなければ去ってほしい」と伝えました。

残ったのは、僕を含めて三人。片桐と、綱島(株ラグジュアリー代表)だけでした。

それは、今の事業や組織を壊してでも、もう過去の姿に戻りたくはないからこその苦渋の決断でした。そこで、信じてついて来てくれた2人には今でも感謝しています。

仲間を大事にする。人間くさい会社を創りたい。
もう一度、三人からやり直そう。

その後は売上も利益も下がり、大変な時期も続きました。

しかし、この出来事がきっかけとなり、今のネクステージの根底にあるブレない思い(フィロソフィー)が明文化、表在化されました。

チャンスというバトンを渡したい

社会情勢を考えても、この先の日本は明るくありません。

歴史上類を見ない人口減や、海外への人材流出、国の借金も多い。その上、諸外国に比べれば言語の壁もあります。

そんな世の中で、学歴が低かったり、道を踏み外してしまった人、自慢できるような職歴がなかったり、環境に恵まれなかった人が「バッターボックスに立てる機会」はこれからますます少なくなっていくでしょう。

でも僕は、運よくバッターボックスに立てたラッキーマン。だから、今度は僕がバッターボックスという機会を創り、次の人にバトンを渡したい。

それが、僕の役目だと思っています。

だから、僕らは未来に希望を創るという理念を、誰もがチャレンジできる「すごい会社」になるというビジョンを実現させていきたいと考えています。今、僕らが成長し、影響力を持つ必要性を感じている理由です。

優秀な人だけで集めたすごい会社は世の中にたくさんあります。

その中で、僕らのような学歴や境遇に恵まれなかった人たちでも「すごい会社」が作れたならば、社会的なインパクトも、社会性も大きいでしょう。

やりたいことなんて、なくてもいい

「やりたいことが見つからない」そう悩む人もいます。

しかし、やりたいことが無いことを、僕は弱みや課題とは思いません。むしろ「無いことは強み」とさえ思います。

ただし、だからといって何も行動しなければ、「やりたいこと」も見つかりません。まずは目の前のことに一生懸命努力をし、自分自身が成長し続ければ、その先にやりたいことも見えてきます。

その時に、やれる環境にチャレンジすればいい。会社はその一つです。

決まったことばかりやっても面白みはありません。それに、単純作業はどんどん淘汰されます。この先の人生を考えれば、今までのやり方にこだわったり、言われた通りにやり続ける ような思考停止では時代の変化にもついていけません。

そのうち、自分で仕事を創り出せるようになったら面白くなる。それが事業なのか、プロダクトなのか、サービスなのか。それだけの違いです。

そんな生き方をした方が、人生も楽しめます。

20代、全て逆境。借金500万円から再起した代表が思う「バトンを繋ぐ」ということ

僕自身、21歳ではじめたバー経営を含めれば、これまで立ち上げた事業は20事業以上になります。

うまくいった事よりも、うまくいかなかった事の方が多い。しかし、この経験を経て様々な事業を創れるノウハウも貯まってきました。

目指しているのは売上高300億・30事業体の多角化連邦グループ。それは沢山の会社が助け合いながら大きな目的を達成させるグループです。

2019年現在、売上高50億・8事業体となりました。

成長著しい経営環境の中でも、まだまだビジョン達成には程遠く、「すごい会社」とも言えません。道のりは険しいものです。ただ少しずつではあるものの、確実に近づいてきている実感はあります。

だからこそ、同じ志を持った仲間が必要なのです。

「沢山の事業を生み出して、働く機会をたくさん創る。チャレンジできる環境を創る」

事業を創る機会に溢れ、人間力の高い人財で構成された仲間によって、「希望」というメッセージを社会に発信し影響を与えていく。

私達ネクステージグループの想いです。

すでに社会から必要とされている名のあるすごい会社に入るのではなく、社会から必要とされる「すごい会社を創るという生き方」を選択する。

そんな、日本の経済にも、日本の未来にも希望を創っていける志の高い仲間を心から募集しています。

〈取材・文・編集 〉 =株式会社スープレックス小林